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東京高等裁判所 昭和34年(ラ)159号 決定

抗告人 坂牧杉蔵

相手方 株式会社荻窪市場

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人は、原決定をとりけす。債務者は別紙目録記載の物件にたいする占有を解いて債権者の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。ただしその保管は保管開始の日から十五日間とする。執行吏はみぎ期間内にかぎり債権者にみぎ物件の閲覧または謄写を許し、閲覧がおわつたときはこれを債務者に返還しなければならない。執行吏は債務者が業務上の必要によりみぎ物件の使用を申出たときは、すでになされた記載を変更しないことを条件として債務者に使用を許すことができる。との決定をもとめ、抗告理由(仮処分申請理由をふくむ)として原決定に仮処分申請理由として記載せられるところおよび別紙記載のとおり主張した。

案ずるに、株主および会社債権者は営業時間内何時についても会社の定款、総会および取締役会の議事録、株主名簿、社債原簿の閲覧または謄写をもとめることができ(商法第二六三条)株主および会社の債権者は営業時間内何時にても会社の財産目録、貸借対照表、営業報告書、損益計算書、準備金および利益または利息の配当に関する議案の閲覧をもとめまたは会社の定めた費用を支払つてその謄本もしくは抄本の交付をもとめることができ(同法第二八二条)、また発行済株式の総数の十分の一以上に当る株式を有する株主は会社の会計の帳簿および書類の閲覧または謄写をもとめることができる(同法第二九三条の六)ことはそれぞれ商法に規定せられるところである。それゆえ抗告人が相手方会社の株主であれば前記商法の各規定にしたがつて別紙目録記載の相手方会社の書類の閲覧または謄写をもとめることができる筋合であり、もし相手方が不当にこれを拒否すれば訴をもつてこれを請求することができるわけである。

ところで抗告人は相手方会社の三百五十株の株主であることを主張し、みぎ会社の株主名簿および会計帳簿ないし計算書類の閲覧謄写請求権を保全するため本件仮処分の申請におよんだものであることはその申請自体から明らかであるところ、仮処分申請が認容せられるためには本案の権利が疎明せられるほか仮処分の必要性が疎明せられることを要する。それで抗告人が相手方会社の株主であるか否かはしばらくおきまず本件仮処分の申請についての必要性の存否を審究するに、抗告人は、相手方会社代表者が会社所有の建物を勝手に自己名義に書換え横領せんとしているとか、みぎ建物を利用して得る会社の収益を横領しているとか、株主総会においても勝手な行動をして会社乗取りを策しているなど主張するが、これら会社経営に関する代表取締役の不正な行為を確めるためというだけならば商法第二九四条による検査役の選任を得てこれによつて早急かつ正確に検査の途が講ぜられることが可能でありかつ適当であつて単に抗告人が本件帳簿その他の書類の閲覧謄写を得るだけでその目的を達することができるとは考えられず、仮処分の必要をみとめることはできない。

また抗告人は相手方代表者が前記帳簿書類等を毀棄、隠匿、改ざんするおそれがあると主張するが、これを防いで後日相手方にたいし抗告人の権利を主張するための証拠を得ようというだけであれば本案の訴提起前においても証拠保全の申立をし裁判所の検証を受けることがより適当な手段といわなければならない。

すなわち抗告人の申立てるような相手方会社の書類帳簿の閲覧および謄写についての本案の権利を実現するような仮処分をもとめることは民事訴訟法第七六〇条に、いわゆる仮の地位を定める仮処分をもとめるものにほかならないから、その必要性があるとなすためには相手方がみぎ書類帳簿を毀棄、隠匿、改ざんするおそれがあるというだけではたりず、みぎ仮処分を得ないかぎり抗告人にとり特に著しい損害が発生するような緊急の事情あることが疎明されなければならない。

しかるに抗告人提出の証拠によれば、抗告人が相手方会社の発行ずみ株式総数の十分の一以上の株主たることを主張して相手方にたいして日記帳、仕訳帳、現金出納帳、補助簿などの閲覧謄写の請求をしたが相手方がこれを拒絶したことはあきらかであるけれども抗告人がその申請の趣旨にそう仮処分を得る以外に適当な手段なく、みぎ仮処分が得られない場合特に著しい損害をこうむるにいたるような緊急の事態にあることについては抗告人の全立証によつてもいまだその疎明を得られないところである。

抗告人はもし本件書類、帳簿の閲覧謄写の権利を実現するような断行の仮処分が得られない場合は、本案事件勝訴のときその執行を全うするためみぎ物件を執行吏に保管せしめるにとどまる仮処分をもとめる旨申立て、所論の大審院判決を引用するけれども、本件物件たる書類帳簿のごときは常時あるいは特定の期間相手方会社に備えつけ会社の営業の用に供さなければならないものであるから抗告人が将来提起すべき本案の訴が係属する間引続いて執行吏の保管に対して相手方の使用を禁じるような仮処分命令をすることは相手方がそれらの書類を以後正当に備付けて使用する意思なく、理由なく隠匿、偽造、毀滅するおそれが明白な場合にかぎると解すべく前記判決の要旨もみぎのように理解すべきところ本件においてはこの事実を認めるにたる疏明は未だないものといわざるを得ない。

要するに本件仮処分の申請はその必要性について疏明なく、かつ保証をもつてみぎ疏明にかえることも適当でないとみとめるから却下のほかなく、本件抗告は理由がないものというべきである。よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 牧野威夫 谷口茂栄 満田文彦)

物件目録

一、貸借対照表

一、財産目録

一、営業報告書

一、損益計算書

一、準備金及び利益又は利息の配当に関する議案

一、右各書類の附属明細書

一、会計の帳簿及書類

一、株主名簿

一、総会並びに取締役の議事録

仮処分申請理由追加および抗告理由

一、債務者会社代表取締役本田萌は、債務者会社を乗取り、同会社資産を自己の私有物化せんとしている。即ち、

(一) 債権者及び本田萌は債務者会社の株式一千株中、それぞれ百株宛所有していたが、昭和二十六年十二月初旬頃他の株主七名の株式合計七百株(一人百株)の権利を両名にて譲受け、その資金調達の方法として現取締役出田尚人に右株式中二百五十株を代金五十五万円にて譲渡し、残りの四百五十株を債権者二百五十株、本田萌二百株として配分した。

然るに右株式に対する株券は未だ未発行であつたので、債権者が代表取締役であつた昭和三十二年四月中旬頃、債務者会社の株券一千株を発行することとし、本田萌の知り合である印刷屋に依頼して作成させた。

ところが本田萌の女婿本田正雄は同年五月頃税金納入に付必要があるから、債務者会社の社印と代表取締役印を一寸貸してくれと称して債権者を欺き、右二個の印を持ち出し、何れに使用したか全く不明の状況にあつた。而してその頃本田萌及び同正雄は債権者に対し五十株券二枚しか交付せず、他の株券及び印鑑は頑として返還しなかつた。

のみならず現取締役出田尚人に対しても未だに二百五十株券を交付しない。

(二) 債務者会社は、設立と同時に申請理由第三項記載の(イ)、建坪六十一坪五合の建物(名義人井上武次)を所有するに至つたが、その名義の変更をなさざる内昭和二十六年十二月十二日恣に売買名義を以て本田萌名義に変更し、又その後債権者が建築した同項記載の(ロ)、建坪四十八坪三合七勺、二階三十坪三合七勺の建物については昭和二十八年九月十四日恣に一旦債権者名義となし同時に同月十四日の同日に、債権者より本田萌が贈与を受けたりと称して虚偽の登記をなし、会社財産を横領せんとしているのである。

勿論右(イ)の建物については会社及び井上武次と本田萌との間に売買契約等なく、従つてこの間に代金授受等はある筈もなく全く本田親子の専檀偽造の登記に外ならない。

又(ロ)の建物についても、債権者が昭和二十八年九月頃本田萌に対して贈与したことはなく、これは債務者会社の建物であるから贈与することは能わざるものである。のみならず、荻窪駅前の一等地に有する延坪七十八坪七合四勺の建物即ち時価壱千万円を超える建物を何の縁故もない本田萌に対し無償にて贈与するが如きは夢想だにも及ばないことである。

総ては本田萌及びその女婿本田正雄の勝手極まる偽造横領行為なのである。

(三) 債権者が代表取締役でその実権を有していた昭和二十六年頃迄は、各株主に対して僅かながらも利益の配当をなしていたのであるが、債権者が病床に伏した頃より本田萌がその書類帳簿と共に実権を握り、昭和二十七年一月頃以降は全く経理を公開せず、擅に会社の収益を横領してその証拠書類を隠蔽して来た。而して右書類帳簿を代表者である債権者に返戻するよう度重ねて催告したが本田親子は之に応ぜざるのみならず、昭和三十二年十二月十八日右会計帳簿の公開と経理の不正を明確にせんがため、株主総会を開いたが本田萌は出頭せず、その代理人と称する同人の女婿本田正雄の強引な延引策によつて何等の決議を見るに至らず、有耶無耶の裡に終つた。

然も同年十二月二十七日の選員改選の株主総会並びにその続会である翌三十三年一月十七日の株主総会においても、勝手な行動をなし専ら会社乗取りを策した。よつて債権者は止むなく申請理由第六項記載の如く本田萌を告訴するに至つたのである。

二、帳簿書類を閲覧する必要性。

(一) 本田萌の女婿本田正雄は昭和三十二年十二月十八日の株主総会においては、本田萌の代理人として出席したが、翌三十三年一月十七日の株主総会においては突如として自ら株主であると主張し株主の権利を行使せんとしている。然れども同人が果して幾何の株主であるのか、全く明らかにしない。従つて債権者はその株主名簿を見て総ての法律関係を明らかにしたい。

(二) 債務者会社の経理について。債権者は債務者会社の株主として、唯一の会社資産であつて収益源である前記(イ)(ロ)の各建物より生ずる賃料は、毎月幾何を徴収し、これより固定資産税、地代、火災保険料等一切の経費を支払つて幾何の残余となり、而してこの残余が如何に使用されて如何に保管されているかを究明する権利がある。然るに本田萌及びその女婿本田正雄は全くこれを秘して明らかにしない。これでは、債権者が約十三年の永きに亘つて育成した債務者会社の行末は如何になるか、全く危惧に堪えない。よつて債権者は、株主として書類帳簿の閲覧を要求する所以である。

(三) 本田萌は代表取締役としての職務を行使せず、昭和三十三年度の定時株主総会も招集せず、その利益配当は勿論、その帳簿書類を本田親子以外の人には何人にも閲覧せしめない。

剰え債権者が昭和三十二年十月頃本田親子に対して強硬に閲覧を要求した際、三年や五年の刑罰を受けても渡さない、と豪語し、本件仮処分が聞知されるや、書類帳簿を証拠湮滅のため改竄する危険が多分にあり、又本件申請の書類帳簿を他に隠匿してその発見を不能ならしめ、悉く債権者の権利行使を不能ならしめることが充分に認められる状況にある。

よつて本申請に及んだ次第である。

抗告の理由

一、原審決定は、本件仮処分申請には民訴法第七六〇条に定める保全の必要性なしと判断して、本件申請を却下している。

しかし右保全の必要性は、債権者、債務者相互の利害得失を比較衡量の上判断すべきものであつて(東地判昭二六、一二、二六下民集二、一二、一五〇四頁、同地判昭二七、四、三〇下民集三、四、六一〇頁各参照)、一方的に債権者側にのみ著しき損害、急迫なる強暴の有無を問うべきものではない。

而して本件仮処分申請の理由、並びに前記趣旨に徴するとき、債務者は、法律上当然に閲覧せしめなければならない義務がありながら(これを拒否すれば三十万円以下の過料の制裁)これを閲覧せしめず、又債権者に閲覧せしめたからとて債務者には寸毫の損害を被ることはない。これに引きかえ、債権者は、法律上当然に閲覧する権利を有し、のみならず債務者会社を十三年の永きに亘つて育成発展せしめたものとして、この儘本田萌の専断に任せるならば、株主として図り知れない損害を被ることは極めて明白である。同人に対する横領、背任、文書偽造等の責任を追及し、以て健全なる会社に復せしめ、法律上認められた株主としての権利を擁護する必要性がある。

従つて、これらの権利を行使するには、是非とも債務者会社の書類帳薄を閲覧しなければそのよつて立つ法律関係の基礎が判明しない。然るに債務者は右閲覧を拒否し、既述の如く改竄、毀棄、隠匿される危険性が多分にあるのである。かくては、本案訴訟をまつて帳簿書類等を閲覧しても、右権利は全く有名無実に帰する結果となるのである。よつて債権者は本件仮処分申請によつて帳簿書類等の閲覧を求める必要があり、即ち本件申請の保全の必要性は充分にあるのである。

然るに原審決定は、債権者債務者相互の利害得失を比較衡量することなく、単に検査役選任の方法(非訟事件手続法により必要的審尋事項である)、証拠保全の方法(提出命令によつて保全する)があるから、或は刑事の強制捜査云々(民訴五三六条参照)と判示して本件申請を却下したのは、重大なる法令の違背があると確信する。

二、仮りに右主張がその理由がないとしても、本件仮処分申請は民訴法第七五五条、七五八条に従い、認容さるべきものである。

即ち、本件申請の被保全権利は、商法第二八二条第二項、第二九三条の六、第二六三条第二項等によつて認められた株主の帳簿閲覧請求権である。而してこの権利は、大審院昭和五年十二月六日判決(大判昭和五年(オ)第一、三七八号事件、新聞三二一〇号八頁、評論二〇巻民訴三一五頁)が判示する如く、畢竟有体物引渡請求権の一態様であるから、当該有体物について改竄、毀棄、隠匿される虞れがある以上、係争物に関する仮処分(民訴第七五五条)として本件書類帳簿を執行吏保管となし得る筈のものである。

而して民訴法第七五八条は、同七五五条の仮処分の方法として、裁判所は其の意見を以て申立の目的を達するに必要なる処分を定む、と規定し、その第二項においては、仮処分は……相手方に行為を命じ……又は給付を命ずることを得、と定めている。

従つて本件仮処分申請においては、前述の如き理由があるのであるから執行吏保管とした上、適当な方法として期間場所を限つた給付、即ち適当な期間場所を定めて書類帳簿等の閲覧を認める仮処分が許容さるべきである。(菊井教授新法学全集二十二巻民訴法=六五、六九頁参照)。

仮りに係争物に関する仮処分に於て、右の如き書類帳簿の閲覧まで認めることが許されないとしても、債権者に於て前記の如き必要性あるのであり、同条第一項の規定により裁判所は自由なる意見をもつて適当とする方法を定められるのであるから、債権者の申請の趣旨にとらわれずに、書類帳簿等の改竄、毀棄、隠匿を防止するため少くとも執行吏保管程度の仮処分は、認容さるべきである。

よつて債権者の本件申請を却下した原決定は法の解釈及びその適用を誤つたものである。

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